格闘ゲームのコマンドみたいな抑揚の返事「あ↓、は・いィイイイ↑ そぉお→ですぅう↑」

地元で毎年開催されている音楽のイベント。こういうのは一人で静かに音楽を楽しむものなのに、当たり前のように腕を組んだカップルが並んで歩いている。
男もブサイク、女もブス。どういったらこんな顔で恥ずかしげもなく恋とか愛とか語られたものだなと悪態つきたくなるぐらい低い顔面偏差値。


しかもサルが親に抱きつくたいな腕の絡め方して、どうやって歩けるのだろう、とちょっと関心さえした。


とはいえ、これは長年恋人がいない私のひがみに決まっている。
気分が悪くなってきたので列を離れ、コーヒーを買いにカフェへ。
こういうとき、大人は冷静にコーヒーを飲むべしだ。音楽とコーヒーは最高の組み合わせ。イベント中は飲料を持ちながら街を歩けるようになっているから、気兼ねなくテイクアウトを頼める。


と思っていたのに、レジ前にいたのはまたしても男女の二人組。第二のいちゃいちゃカップル、遭遇。
今度は男はともかく、女がやばかった。わりとキレイ目だけど、目力がありすぎる女。化粧も相応だしファッションもそれなりなのに、世間に「見られ」慣れしていて、いちいち大げさなタイプ。うんうんと頷きまくったかと思うと、持ち帰りですか、という店員の一言に、
「あ↓、は・いィイイイ↑ そぉお→ですぅう↑」
格闘ゲームのコマンドみたいな抑揚の返事をする。
こんなのに騙される男も男だ。女のそういう愛嬌は、一瞬で剥がれる。少なくとも、友達との間であんな喋り方をしていたら、100%嫌われる。
そうこうしている間に、私はコーヒーを買って、カフェを出た。
少ししか経っていないのに、アーケードのなかはすでにカップルでいっぱいになっていた。ゲーセン帰りとおぼしき大きなぬいぐるみを取ったカップル、関係性の正当性を問い詰めたくなる中年サラリーマンと若いOLのカップル、初々しい中学生カップル……。
それらに視線を巡らせた私は、ふうとため息をついてこう思う。
来年まで同じことを続けてみろ。そしたら認めてやる。こじらせ独身女、公認のカップルってやつだ。めでたいだろ?
そんなことを思って、私は身のうちに沸き立った怒りと虚しさを抑え、女子会へ向かったのだった。

京都のいちゃいちゃカップルへ、呪いをかけた話

私の趣味は街歩きです。それもこじんまりとした上品な街が好きです。端的には、京都がもっとも好きな街の一つになります。

 

それで、学生時代から今日まで、機会を見つけては京都を訪ねます。

 

私の彼女がいない歴は、30を過ぎるまで年齢と同じでした。京都を精力的に訪ねていたのもその頃です。若くてしかも恋人がいない旅先というのは、不思議とロマンティックな幻想を抱かせがちではないかと思います。

 

ロマンティックな幻想とは、つまり出会いですね。どこかで出会いを求めているものではないかと思います。少なくとも私はそうでした。

 

ところが現実にはそんな相手は現れない・・・・このシチュエーションで、いちゃいちゃしているカップルなんかを見かけようものなら、それは平常心ではいられません。悪いことに京都というのは、カップルで旅している人たちが必ずいる街です。

 

しかも、みんないい雰囲気を出しています。あるとき、南禅寺界隈を歩いていた時でした。南禅寺の境内を走る、有名な琵琶湖疎水のアーチ橋を見ての帰りではなかったかと思いますが、周辺の高級住宅街というかお屋敷街を抜けて、岡崎公園に向かう際、メインの道から少しそれてよく知らない一角に入り込んだことがありました。

 

そこも落ち着いた住宅街に思えたのですが、南禅寺から少し離れたエリアは、京都では割りと知られた●ブ●街になっているらしいのです。私はそこまで知らなかったので、打ち水とかがしてあり、清々しい通りだなと思いながら歩いていると、お屋敷というにはちょっと変わった造りの建物に、高級セダンが吸い込まれるように入り込んでいったり、あるいはカップルが歩いて玄関を潜ったりしているのでした。

 

何なのかなと思って看板を見ると、休憩料金○○○円とか出ていて、あっと思ったわけです。昼間からいけないんだいけないんだと思いながら、心の中で見ず知らずのカップルに対して、そんなことしてると必ず将来ひどい目に遭うよと呪いながら、店の前を通り過ぎた記憶があります。